どこでも健康法

平日午後11時の中央線。席は空いていないが、立っていても隣の人とは肩が当たらない程度の混み具合。携帯電話とにらめっこをする人、読書をする人、居眠りをする人、DSで遊ぶ人……色々な人が色々なことをして帰路についている。
友達のaria嬢と私は吊革を掴み、繰り返す緩やかな揺れに身を任せながら、共通妄想に花を咲かせていた。
楽しき談笑。が、ふと横を見た私は一瞬で心を奪われてしまった。一人のおばちゃんに。
鮮やかな黄緑色の輪になっている長い布テープを、乾布摩擦をするかのごとく、ぐぐっと伸ばし、爽やかに笑っているのだ。
私は目を逸らせず、ただ彼女の大胆なストレッチを見つめた。他の乗客の視線を一気に集め、おばさんは両腕を真っ直ぐに布テープを伸ばし続ける。
そのとき、おばちゃんの後ろにいたスーツのお兄さんと目が合った。彼は片方だけ目を細め、おばちゃんの方にあごをしゃくった。私は苦笑いを返した。言いたいことは分かる。分かるよ!
おばちゃんは一緒にいるお仲間らしきおばさん達に「簡単でしょ?毎日やると良いのよ〜」と、今度は布テープを掲げるように伸ばし始めた。
「すーはーすーはーすーはー…音を出して息をするのよ〜すーはーすーはーすーはー……」
リズミカルにそして軽やかにおばちゃんは繰り返す。
スーツのお兄さんとまた目が合った。彼は我慢できなくなったらしく、顔をくしゃくしゃにして笑い始めた。私がにやにやしていると、真っ赤な顔を上着で覆ってしまった。


おばちゃん、心配しなくてもきっと長生きできるよ。