ついに2●才かいな・・・。

出発しんこー

時は無情だわ!私ももう2ピー才なのん。あぁお肌のツヤも日々落ちて行くわ。ぐすん。
今年の誕生日は実家で迎えることになりやした。う〜ん何年ぶりかしらねぇ、家族と過ごすの。
お盆だし、母方の祖母が奈良で入院しているので、車でお見舞いに行くことに。
朝も早よから出発。シオン(犬)の悲しい遠吠えをバックにI.Cへ。

奈良まで4時間余り。その間、家族談議。

車内ヲタク会議

弟「ねぇちゃんって、ヲタクだよねー」
私「はぁ?そんなこと言われずとも分かってるわよ」
弟「2chの住人なの?」
私「いや、見るだけ。ねーアニメ好きはヲタなの?」
弟「そうじゃね?」
私「ヲタが好むようなアニメでも面白いの多いじゃない。あんたは見ないの?」
弟「え・・・」
私「エウレカセブンとかさ」
弟「おもしろいよねー」
私「見てんじゃねーか」
弟「くぅっ・・・鋼の錬金術師マニアめ!」
私「ハガネは夏目先生にも絶賛されてるのよっ!」
弟「誰だよ!」
私「偉大なる夏目漱石先生のご家族よっ!」
弟「しらねぇよ」
私「オヤジだってハマってるじゃないの」
弟「オヤジはもともとヲタクだよ」
私「そうかもねん」
父「・・・ヲタクってなんや?」
弟・私「前を見ろー!(怒)」
私「それに私、ボーイズラブ読まないし」
弟「漫画が表紙のやつか?」
私「いや、それはライトノベル。意外にクオリティは高いのよ」
弟「でもそれだってヲタクじゃねーの」
母「ねぇ今日からマ王!おもしろいわよね〜」
弟・私「・・・。」

以上ノンフィクション

アイアン祖母

薬師寺唐招提寺を通り過ぎて、奈良の病院に到着。

祖母は3月に危篤状態に陥った。東京からすっ飛んで行った私を、祖母は認識できなかった。ところがその後脅威の回復力で、会話も出来るようになった。酸素マスクも小型の物を装着できるようになった。人間ってすごーい!

思えば、祖母はアクティブな人である。
私たちが幼い頃、テレビゲームなんて買ってもらえなかった。しかし祖母はファミコンを持っていた。しかもソフトはマリオと北斗の拳(中古)。私の父がプレゼントしたらしいのだ。長い間、ファミコンは私たち孫が帰省のお楽しみナンバーワンの地位を保ち続けた。スーパーファミコンが現れても、私たちがP.Sを持っていても、祖母のファミコンは強かった。私たちは喜んで赤いコントローラーを握り、「あべし」を取ることに没頭した。スーパーマリオブラザーズの海ダンジョンのバックが紫色になるまで、ファミコンは頑張った。そしてスーパーファミコンがやってきた。スーファミが来る頃には孫たちの興味は他に移動しており、スーファミが陽の目を見ることはあまりなかったが、祖母はプレイを楽しんでいた。弟に攻略法を電話で尋ねていたし。

そんな祖母も足を悪くしてしまい、昔のような元気がなくなったように見える。
リハビリをするということで、病院内の広い場所へ。理学療法士さんが祖母を車椅子に乗せた。何だろうと見てみると、レバーのついた車椅子。つまり電動だ。病院内には筋ジストロフィーの人たちがいるのだが、彼らは素晴らしいレバー捌きで、すいすいと狭い廊下を駆け抜けていく。まさに走り屋。祖母は彼らと同様に電動車椅子を使用するようなのだ。祖母は文句を言いつつ発進。なかなかうまい運転である。ほぉ〜と感心してみている私と弟。そこに「危な〜い!」猛スピードで突っ込んできた祖母。あわや惨事になりかけ。こぇぇー。大丈夫かと駆け寄る私と弟にケロッとして「もうちょっと早くならないの?」と笑う祖母。やめてくれよぅ。療法士さん公認の走り屋候補。デビューには是非立ち会いたいものです。

クレオパトラとチョコレート

帰りに神戸へ行き、神戸市立博物館へ。ベルリンの至宝展を観るためだ。私の両親はこの手のイベントが好きだ。私が中学生のときも連れて行ってもらった。
実は私、東京で観ている。サクサクと観て、手持ち無沙汰になるかと思っていたが、案外時間かかった。もう一度観ても興味深い物ばかりだからだろう。一番最後に出てきたのが弟で驚く。モネの絵に魅了されたようだ。芸術家肌の彼は私が敵わないほどの想像力を持っていた。小さい頃はよく嫉妬したっけ。絵を愛する心は今でも残っているのだね。

神戸大丸でチョコレートパフェを食べる。WITTAMERというお店。ものすごく濃いチョコレートだった。デザートとして食後に食べることはできないだろうな。一粒ずつ販売しているチョコレートは宝石のように輝いて、小さい芸術作品だ。見るだけでも美味しいね(ビンボーさんは見てるだけ)。